2009年06月19日

やっと手術

やっと父の手術が水曜日(6/17)に決まり、今日手術をすることとなった。
救急車に運ばれてから8日かかってやっとです。記憶や会話もだいぶ良くなってきた(と言っても6割程度)ので手術で一気に元にと祈るような気分です。
今回は前回の心臓バイパス手術と違い時間も短く、家族の待機も必要ないとのことで夕方には帰宅しました。今日は術後だったのでほとんど寝ていましたが、明日からどれくらい回復するかな?


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2009年06月14日

ちょっと回復

11日に父が救急車で運ばれてから今日で4日目。毎日病院を訪れているが、少し回復の兆しが...
なんとか我々の名前を言えるようになった。血腫はまだ取り除いていないが、少し安心。しかし、大部分のところで話がおかしかったり、我々の話す言葉が理解できないようだ。とにかく血腫を取り除いてからどれくらい元に戻るかだよな。早く手術を済ませてICUから出れば孫の顔とか見て少しは脳が活性化しないかな?などと思ったりする。明日以降早く手術が出来るのを望みながら...
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2009年06月12日

名前を忘れられた

今日は会社を休んで母と父の入院している鹿児島医療センターへ行った。
ICUへ行くと、痙攣も収まって意識もはっきりしていると言われたが、ヤバイ!我々が誰だか分かっていない...何とか自分の名前は言えるようだが、誰の名前を聞いても自分の名前を言う。
明らかに認知症の症状だが、医師によると脳が圧迫されているために一時的なものだと言うが、血腫を抜いても何処まで戻るか分からないとのこと。こりゃ、大変だ。
とりあえず、今日はそのまま進展なく帰宅した。先が見えないトンネルに入ったようだ。
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2009年06月11日

父、倒れる

今日、会社でお昼弁当を食べているとかみさんから電話が入り、「お父さんが倒れて救急車で運ばれたから直ぐ帰ってきて!」とのこと。慌てて帰ると、途中かみさんから携帯が入り、会社の近くの脳外科に向かったと言うので実家の近くまで戻っていたのだが、Uターンして言われた脳外科へ行ってみた。受付で聞いてみると、居ないと言う。かみさんに電話すると隣町(同市内)の救急病院に運ばれたと言われ、再び急いで向かう。もうちょっとで病院に着くというところで再び携帯が入り、実家近くの脳外科に運ばれたと言う。もー情報が錯綜しすぎ!
一旦、実家で待機しているかみさんを拾い、自宅へ戻る。なんだかんだで市内を1時間近くグルグル回っていた。かみさんに聞くと、なんでも今は実家の近所の脳外科で応急処置中でこの後どうするかはっきりしないらしい。大丈夫か?
15分くらいしてから母と連絡が取れ、救急車の中で高速道路の入り口付近、鹿児島市内の鹿児島医療センターへ向かうと言う。様態を聞くと応急処置をして様態は安定していると言うことで私も直ぐ鹿児島医療センターへ向かった。結局、父に面会したのはもう15時が近かった。
どうも、痙攣を起こしているようで私が到着してからも処置室で処置を行って、その後ICUへと入れられた。1ヶ月ちょっと前にこの病院を退院して出戻りとなってしまった。これから先どうなることやら...
診断は慢性硬膜下血腫。読んで字のごとく頭の硬膜の下に血液が溜まり脳を圧迫する病気。医師曰く、血液を抜く手術をすればもとに戻り、命の別状はないが、問題は再発率10%と再発率が高く、恒例ゆえ後遺症で認知症が進むかも?とのことでした。今日明日で詳しい検査をし、手術の日取りを決めるということで今日は帰ってきた。
しかし、昨年の11月からたて続けで大変だぁ~
posted by tabbon at 19:26| Comment(0) | 日記:家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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